自己紹介用記事27:好きなタイプと好きな芸能人

見た目に関しては表情豊かな人と、ガリガリに痩せてない人です。表情豊かな人は観察しているだけで楽しめるので。また体型に関しては「健康に対して偏った考えを持っている」と思われる場合、すなわち高肥満はNG。それから最も重要なのは中身です。こんな面倒な性格をしている私を肯定する事ができる、心が広くて心に余裕がある人なんて、この世界のどこにいるんでしょうかね。今までそんな人に会った事はありませんが、もしいたとしたら、その人が私によってのタイプになるんだと思います。明確にこういう人が好きというものはありません。

顔のパーツに関してもあまり気にしないです。全く気にしない訳ではないですが、他人の顔を指摘したり、評価したりする権利は私にはないと思っているので、表情豊かな事が一番上に来ます。もちろんずっと怒っている人よりは、笑ったりしてた方が良いです。そういう意味での表情豊かという事です。それと私は家族ですら、目を見て話すのが苦手です。そういう細かい事を気にしない人の方が良いかもしれません。・・・というかこれ、書いてるだけで結構恥ずかしいです。

好きな芸能人とかも特にいません。「ファン」というもないです。男性の場合、アイドルを好きになったりしますが、私はそういう経験が一切ありませんでした。ただ、嫌いな人はいます。例えば自称○○という人です。自分で自分の事を「アイドル」「ジャーナリスト」「アーティスト」「イケメン」と言ってしまう人や、自分からそういう主張をしている人たちが該当します。そういうのって自分から言うのではなく、「その人を知らない人からも評価してもらってから」言うべきだと思うんですよね。あとはやはり目つきとか表情とかから「何となく嫌い」となる場合もあります。誰でも直感的に悪そうな人って分かりますよね、それが私ははっきり出やすいんだと思います。一度嫌いになると番組を変えます。



尚、私は友人が少なく、高校時代からの友人が数人だけです。他は現在では全くと言って良いほど交流がありません。性格的に大して仲が良くない人から馴れ馴れしくされるのが嫌いなので、初対面の人と接する時は、常に一定の距離感を保つようにしています。また今の付き合いだけで十分とも考えているので、新たな友人を増やすという事も考えていません。

ですので自分からコミュニケーションを取った事はありませんし、相手がコミュニケーションを取ろうとしてくれた事もありません。初対面のほとんどの人には「気難しい」という印象を与えていると思います。もちろんそれに対してグダグダ文句を言う事はしませんが、そういう最初の印象だけで全てを判断するような人とは、最初からこちらからお断り、関わらなくて正解だったと思うようにしています。今いる友人だけ大切にできれば十分です。

なので、恋愛に関しても、私はあまり興味がないです。日本人は「誰かを好きになった」後、その人に「告白」をして、「付き合う」という事をして、「彼氏・彼女」の関係になって、いずれは「結婚」をします。しかし私はそのどれも経験した事がなければ、告白どころか、最初の「誰かを好きになった事」すら実は一度もないのです。綺麗な人、可愛い人、愛嬌のある人、頭の良い人、気が利く人、たくさんいると思います。大抵の人はそういうのが「好き」や「付き合いたい」に繋がり、実際に誰かを好きになったり、告白をして付き合ったり、という事になると思うのですが、私ではそれが繋がらないのです。おそらくこれも他の人との距離の取り方が関係していると思います。

自己紹介用記事26:身体的なスペックと運動能力

身体的スペックとしては、身長164cm、体重60kg、体脂肪率10%、筋肉質、骨太、面長、撫で肩、短足、手足が小さい、色白など。その他の容姿については容姿を晒していない時点で察して下さい。無論イケメンではありません。

ちなみに私は「身長を伸ばす方法」に関するブログを書いており、説得力がありませんが、当然です。何故なら、私の書いている文章は全て「私の人生における反省」を元にして書いており、自分に実践したものではないからです。本当に悩んでいて信じたい人だけが信じていただければ良いと思います。これは私に限った事ではありません。芸能人だって、その知名度をフルに使って、適当な事を言っています。自分の知名度を間違った方向で使うよりはマシだと思っています。ちなみに私は生まれた時は3000g前後でしたが、小学1年生の頃の身長が108cmしかありませんでした。おそらく成長ホルモンの分泌が悪かったり、食が細かったのが原因だと思われます。現在は164cmですから、正直よくここまで伸びたと思いたいです。



部活動ではバレーをやっていましたが、それ以外のスポーツでは、「野球、卓球、バド、テニス」以外は下手だと思います。特にバスケやサッカーに関してはプレイした経験が少ないため、勝手が分かりません。水泳や体操も同じ理由です。一方、過去には和太鼓をやっていた事があり、多少のリズム感はあります。ただし指が弱く、握力がない上、肩が悪いです。今では全然できません。

また走ったり投げたりするよりも、上に飛ぶ方が得意だと思います。ただし背面跳びはできません。一方、体は柔らかい方です。ただし関節が緩いため、怪我をしやすく、今は常にセーブしながら体を動かすようにしています。

参考までに今までの記録は、握力50kg(大学時)、100m13秒(高校時、アスファルトにて)、垂直跳び72cm(高校部活動入部時)、腹筋30秒35回(中学時)、1500m6分(中1冬)、野球ボールの球速110km/h(大学時)、懸垂18回(高校時、反動なし直上)などです。中学時代には体力テストがあったのと、高校時代には授業で計測した事があったので、その記憶を頼りに書いています。怪我ばかりしていたので自分の体力的なピークがいつかは分かりません。特に肩が悪いため、それが全てに影響していると思います。

自己紹介用記事25:部活動での思い出

●簡単な経緯
私は中学高校とバレーボール部に所属していました。特に中学時代の指導者が酷く、その指導者と自分の同期がドラブルになった事がありました。それがきっかけで、実は部員が3人になり、試合ができなくなってしまった事があったのです。それ以降、指導者の指導に疑問を感じたり、実際私は肩に大きな怪我をしてしまって、正直あまり良い思い出がありません。全てのエピソードを書くと長くなるので省きます。

また高校最後には無理がたたって膝を怪我してしまいました。何故自分だけがこんなに苦労して・・・と当時は思っていましたから、これがきっかけで、高校卒業と同時にバレーから離れました。肩や膝は今でも痛みますし、おそらく大学でバレーをやっても、長くは続かなかったと思います。大学では中学時代の指導がきっかけでスポーツを専攻する事になりましたが、やはり「締め」が良くなかったので、モヤモヤしたままひたすら勉強だけをする事になりました。それが良くなかったのだと思います。知的好奇心も長くは続きませんでした。



●現役時代どういう選手だったのか
中学時代のバレー部では、そのように指導者の方針で無理な練習ばかりをさせられていたため、身長の伸びが全く期待できませんでした。公式戦の合間や試合の後に罰ゲームを課すかの如く筋トレをさせられていましたからね。うさぎ跳びとか。そのためそのつらく苦しい練習に耐えるために、そして低い身長を補うジャンプ力を上げるために筋トレをしていました。自分で言うのもアレですが、高校時代はかなりムキムキだったと思います。

本格的に自分で鍛え始めたのは高校入学が決まってからでしたが、ジャンプ力は高校入部時点で垂直跳びが72cmありました。入部時、ポジションを決める事になった時に、当時の部員全員の前で見せたのでそれが証明になっています。実際バレーのネットの高さは高校で2m43cmですが、ちょうど肘が出ない程度までは飛んでいたと思います。最低そのぐらいは飛ばないと、この身長ではブロックもスパイクもできませんから、この最初のインパクトがなければセッター(トスを挙げる人)かリベロ(レシーブ専門)をさせられていたと思います。最悪ベンチ要員だったかもしれません。まぁ今では証明できませんけどね。こういう過去の武勇伝的なものを語るのはあまり好きではありません。が、とにかくこの小さい体でバレーをするにはどうしたら良いか→鍛えるしかないという単純な考えです。鍛えればジャンプ力は上がります。

もちろんそれだけ苦労して飛んでも、ボールを下へ打つ事はできませんでしたので、ボールに強いドライブ回転をかけて打つ事を心がけていました。それで和太鼓で鍛えた前腕が役に立つ訳です。しかしそれでも当然相手のブロックは自分より高いのが当たり前なので、ブロッカーの手を狙ったり、ブロッカーの手を避けたり、コートの空いている所へボールを落としたりする練習をするなどして日々試行錯誤していました。普通の打ち方をあまりにしないため、消極的なプレイをしていると指導者や同期からは思われていたと思います。

当時の私は筋トレをすればするほどジャンプした際の滞空感が大きくなるため、それが大きな快感になっていました。ですのでそれさえあれば同期や監督の批判の目なんて全く気になりませんでした。試合でも自分より身長の高い選手は存在しませんでしたので、自分よりも高い身長を持つ選手たちと同じコートの上で戦えてる事に大きな自信も感じていました。

しかしその事に固執するあまり、次第に試合で負けてもあまり悔しくなくなっていきました。最終的にはチームの勝敗よりも自分がどれだけボールに回転をかけられるか、どれだけ高く跳べるかという事だけしか考えておらず、実際、ジャンプ力とボールに回転をかける事を強く意識するあまりフォームが崩れ、中学時代から度々痛めてきた肩の怪我を悪化させてしまいました。特に高校時代は1年に1~2回は肩を怪我していたと思います。チームメートとのコミュニケーションも上手くできていなかったと思います。

またそのように引退試合の間際になってジャンプに最も必要な膝を怪我してしまい、最後の最後で試合に出場する事ができずにそのまま現役を終えました。そこで私は完全に気持ちが折れて燃え尽きてしまい、高校卒業と同時にバレーはやめてしまいました。

自己紹介用記事24:子どもの頃の勉強と運動

小学校低学年の頃は、勉強に対して両親が手を抜く事を許さなかったので、毎日勉強していた記憶があります。掛け算九九と漢字とかはよく暗記させられましたね。「勉強を続ける」という意志は定着はしませんでしたが、多少の暗記力はついたと思います。中学に上がっても勉強についていく事はできました。授業さえ聞いていれば別に難しいと感じる事はなかったです。ただ興味のない事を覚える事は苦手で、社会科と国語は大変でした。赤点は取りませんでしたが、50点を下回らないように必死でした。

効率の良い暗記の方法が分かってからは、次第に「この勉強が何の役に立つんだろう」と考えるようになり、特に高校では成績の事だけを考えた完全一夜漬けのテスト勉強のみをやっていたと思います。なので成績は可もなく不可もなく、いつも無難な成績でした。特別勉強ができる訳でもなくできない訳でもなかったです。とにかく印象に残っているのは、小さい頃から親に「勉強しろ」とよく言われていた事です。それよりも私には具体的な夢とそれに向かって自分から努力する環境の方が必要だったのだろうと思います・・・。

一方、運動に関しては、小学生時代は殆ど興味がありませんでした。親に危ない事は制限をされていましたから・・・ただやはり好奇心は旺盛だったので、運動が苦手という訳ではありませんでした。が、周囲は自分の事をそうは見ておらず、運動が苦手だったり、運動神経が悪いと思われていたようです。私は小学生低学年ではよく友人と外で遊びましたが、高学年になり、引っ越してからは、仲間に入れてもらえなくなりました。まぁ他所者でしたから仕方ないですが、ただ、自分から入っていく事もしなかったので、それは自分が悪いと思います。このため私の継続的な運動の機会が増えたのは中学で部活を始めるまでありませんでした。

運動に本格的に興味が出たのは小学校6年生ぐらいからで、中学からは陸上部に入ろうと思っていました。これは陸上部に入れば身長も伸びるし足も速くなるしと考えたからです。ただ私が入学予定の中学では、入学すると同時にその陸上部が潰れてしまい、目的は叶いませんでした。ですので他の部活動を選ばざるを得なかったのですが、どうせなら経験者がおらず皆スタートラインが同じの運動部に入ろうと思いました。それで中学からバレーボールを始める(ろくな部活がなかったのでバレーしか選べなかった)事になります。ただ肝心のその部活動でもあまり良い思い出がなく、続けている内に嫌いになってしまったため、バレーは高校卒業と同時に完全にやめてしまいました。

自己紹介用記事23:子どもの頃にしていた事、できなかった事

私の家庭は貧乏ではありませんでしたが、裕福でもありませんでしたので、親に「あれを買って」といくらわがままを言っても買ってもらえないという事は子どもながらよく分かっていました。ですので子どもの頃は自分で遊ぶ物を考えて遊んでいました。例えばその頃はよくキャラクターの絵をカードに描いてカードゲームを作ったり、ポケモンのゲームにあるようなオリジナルのストーリーを考えてRPG風の街を描いたり、自分の足のサイズの靴を広告の紙で作ったり、壊れたビデオカメラを分解したり・・・というのが記憶にあります。しかしそれらも全て引越を気にやめてしまいました。絵はやはり続けて描く練習をする事が大事ですよね。

その他、映画はよく父親に連れて行ってもらった事があります。ゴジラとかドラえもんとかは好きでしたね。また引越後から中学卒業までは和太鼓をやっていました。握力が低い割に前腕が太い(今でも筋肉が綺麗に浮き出るので見せると気持ち悪がられる)のはそのためです。いわゆる屋台囃子とか三宅太鼓?とかも当時は叩けましたが、今ではほとんど覚えていません。尚、譜面通りに叩く「太鼓●達人」は苦手で目がついていかないので全くといってできません。それとけん玉、ヨーヨー、ペン回し、百人一首などは今でもちょっとだけできます。本当にちょっとだけですけどね。

一方、私は小さい頃から色んな事を親によって制限されており、例えばテレビを見るにしても、見て良い番組と見てはいけない番組がありました。今ではネットが流行を先見していますが、当時はまだテレビが流行を先見していましたから、そりゃ同級生同士の会話にもついていけませんよね・・・当時の印象に残っているのがアニメだけです。もちろんそのアニメにも見て良いものと見てはいけないものがあって、記憶に深くあるのはドラえもん、ポケットモンスター、爆走兄弟レッツ&ゴーぐらいですかね。当時流行していた例えばスラムダンク、エヴァンゲリオン、ガンダム、ドラゴンボールなどは全くと言って良いほど見る事ができませんでした。当時のほとんどのアニメは再放送で知る事になります(泣)

特に漫画に関しては現在でも一冊も所持しておらず自分からも興味が湧かないため、おそらく「興味を持たせないような教育をされていた」という事だと思います。また未だに「ゲーム脳」という言葉を信じているような親なので、他にも一方的に「悪」と決めつけて、私に触れないようにしていた事があるかもしれません。スポーツとかもそうですね。すぐに転んで怪我をするので危ないからとやめさせていたと思います。更にお小遣いも少ないながら貰ってはいたのですが、何かを買う際にもいちいち親の許可が必要でしたので、「何のためにお小遣いを貰っているのだろう?」と子どもながらに思っていました。そこまで禁止したのはあまり良い教育とは言えないですよね。

自己紹介用記事22:耳と声

幼稚園の頃~小学生の時に引っ越しをするまではピアノを弾いていたので、現在でもそれなりの耳は残っていると思います。しかしいわゆる「絶対音感」のような正確性はなく、ピアノをやめる前の中途半端な音感だけがある状態です。もちろん現在ではピアノもほとんど弾けません。

また小1~6まで合唱団に所属しており、歌も真面目に楽しく歌っていました。当時はまだ歌を歌う事が好きでしたが、これも引っ越し後、喉を傷めて以来真面目に歌わなくなってしまったので、現在では音域ももちろんですが、発声方法すら分からない状態です。自分の声も嫌いです。音感だけが無駄に残っていて何の役にも立ちません。ちなみに合唱団に所属していた小1か2の時にCD(ソロではない)に本名が載った事があり、合唱団としてはテレビにも何度か出た事があります。中々できる経験ではないので良い思い出ではあります。

そのように私は声にコンプレックスがあります。「音程は分かっているのに自分の出したい音程が出ない喉」と、それによる「鼻声+息声+少しかすれ声」のため、声を出しているだけで自分でも不快な気分になってしまうのです。それ故に喉を傷めてから、人前で声を出すという事に抵抗が出るようになっています。とにかく自分の声が嫌いなのです。

加えて親知らずが生え揃った事で歯並びが悪化しており、大きく口を開けると顎に痛みが出ると共によく頭痛にも襲われています。歌ったり喋ったりするのは本来好きなはずなのですが、これらの理由によってそれができないため大きなストレスになっています。時間とお金があれば正直ボイストレーニングでも受けたいぐらいです。やはり元々好きな事ができなくなったというのはつらいだけですからね・・・

おそらく今まで私と関わってきた人たちも、私の事を「無口」だと思っているはずですが、それは前述の通り声を発する事が嫌いなのと、私がその人の事を信用していないからです。私は喉を痛めている時期に自分の声を馬鹿にされた事もあるので、積極的に声を発するためにはその人を信用しなければなりません。ですので信用している人と喋る時は結構喋ります(無口だと思っている人にはよく驚かれる)。ちなみに喉を痛めていた間は裏声で歌っていたため、現在でも裏声なら高い音を出す事ができます。まぁ現在では何の役にも立ちませんけどね。
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